“始”

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しかしそんな花緋の目を受け止めて、晋作はフッと目を細めて笑うと顔を前に向けて指を差した。 「あそこに見える紺色の暖簾の店が葵屋だ。ここまでくればもう一人で行けるな?」 晋作のその言葉に花緋は悲しそうな目を晋作に向けた。 「晋ちゃん、もう行っちゃうの…?」 もっと一緒にいたい。 もっと話をしたい。 そう思うのは私だけ―…? 気がつけば花緋は晋作の袖をぎゅっと掴んでいた。 潤んだ瞳が晋作を見つめる。 晋作は思わず顔が赤くなるのを感じ、花緋の手を退けて、家と家の間の狭い路地に逃げ込む。 急に手を払われた花緋は慌てて晋作の背中を追う。 「晋ちゃんっ!!何で急に、……ッ!?」 突然の事に、花緋は目を見開いて固まる。 振り向いた晋作にいきなり抱き締められたのだ。 前にされた力強い抱擁とは違って、優しくふわりと包み込むような抱擁。 状況を悟った花緋は徐々に顔が火照って赤くなっていくのを感じながらか細い声で呟く。 「し…晋ちゃん………」 細く暗い路地はまるで別世界に来たかのように静かだ。 聞こえるのは、そう―…晋作の心臓の音だけ。 少しだけ打つ音が早いのは、晋作も緊張しているから…? そう思うと花緋は、それがなんだかくすぐったくて嬉しくて思わず晋作の背中に手を回した。 それに肩をビクつかせたのは晋作。 まさか花緋が抱き締め返すなどとは思っていなかったのだろう。 しかし、一呼吸置いて晋作はゆっくりと花緋の肩に手を添えて名残惜しげに身を離した。 「花緋…俺はお前を離したくない。 …できれば、このまま連れ去ってやりたい」 「晋ちゃん…」 晋作の真っ直ぐな言葉に花緋は顔を益々赤く染める。 あの照れ屋の晋作が、顔も背けずにそんな事を言ったのにはびっくりした。 「私も…離れたくない。 一緒にいたいよ…」 晋作の思いに答えようと花緋も必死に自分の気持ちを伝える。 しかし、晋作は表情を曇らせて目を背けた。 「…でも、お前は俺とは一緒には来ない…そうだろ?」 「………!!」 自嘲するかのように悲しげに笑う晋作に花緋は言葉を詰まらせる。 .
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