“始”

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「あ、花緋さん」 廊下ですれ違った花緋に、沖田はいつものように柔らかな笑みを向けて話しかける。 花緋は俯きながら歩いていた為、沖田の声にビクリと肩を揺らして顔を上げた。 「…あ、総司くん…こんにちは」 そう言って笑う花緋の顔はいつもより数段血色が悪く、声も元気がないように感じた。 沖田はそんな花緋を心配そうに眉を寄せて覗き込む。 「大丈夫ですか?何か体調が悪そうですけど…。 あ、そういえば今日呉服屋に採寸に行ってたんですよね、何かあったんですか―…?」 「………!!」 今の今まですっかり忘れていた。 結局、葵屋に行かずにあのまま屯所に戻ってきてしまったんだ。 あとでもう一度行かなければ…。 花緋はそんな事を思いながら、沖田に首を振ってみせた。 「ううん、何もないよ? ちょっと疲れちゃっただけ…気にしないで」 それだけ言うと花緋はそそくさとその場をあとにしようと歩き出す。 しかし、その姿に沖田は違和感を感じた。 ――何かが、おかしい。 花緋の去り行く背中を訝しげに見つめる。 「――!!」 そして気付いた。 おかしいと感じた違和感の正体を。 「花緋さん――っ!!」 思わず沖田は花緋の左腕に手を伸ばす。 そして、それを自分の方へと高く引き上げた。 「…ッつ!!」 花緋は痛みに耐えられずに思わず顔を歪める。 「一体どうしたんですか、この傷は!?」 珍しく声を荒げる沖田の目の先には―…血で真っ赤に染められた手ぬぐいが乱雑に巻かれている左手。 この血の量はちょっとの怪我では決してない。 しかし沖田の問いに花緋は答える事なく、ただただ痛みに耐えながら歯を食いしばっているのみ。 沖田は悲しそうに目を伏せると、ゆっくりと左腕を掴んでいた手を離し、代わりに怪我をしていない右手を掴んで歩き出した。 「そ、総司くんどこへ…」 痛みで脂汗が出るのを感じながら花緋は困惑の表情を見せる。 近藤の所にでも連れて行かれては困る。 この傷を見せたら悲しませてしまうのが分かりきっているから。 そんな花緋の言葉に沖田は前を向いたままボソリと答える。 「…僕の部屋です。こんな巻き方じゃいつまで経っても血が止まりませんから」 そう言ったきり、沖田は部屋につくまで終始無言で花緋を引っ張って行った。 .
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