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例えば。
台風の目よろしく、その真下では風も穏やかで雨もなく、嘘のように青空が晴れ渡る。
しかし目から雲の壁をひと度抜けてしまえばその周囲ではどす黒い雷雲がうねりを上げ雨風が激しく地上を荒らし回る。
…まさしく目の前に座る今の沖田はその台風の目、そのものだった。
沖田自身はとても穏やかな表情をしているのに周りの空気には言いようのない暗雲が立ち込めて、ピリピリとした雰囲気を部屋中に醸し出している。
――…く、空気がイタい…
いつも通りの表情で手際よく傷のある箇所に包帯を巻いていく沖田を花緋は恐る恐る見つめる。
――怒ってる…んだろうな…
一度ならず二度までも、沖田に隠し事をしようとしたから。
痛みでうずく左手の掌。
これは“覚悟”だ。
自分に今まで足りていなかった“覚悟”。
何かこうやって形にしなければ貫くこともできない弱い自分には心底嫌気が差すが、これからはこの傷を見る度に思い出せる。
自分の信念を―…、自分の信じる道を。
迷ってばかりでは何も前に進まない。
言わばこれは自分を突き動かすための“道しるべ”なのだ。
花緋は掌に傷をつけた腰にある脇差にそっと手を触れる。
それにしても―…この刀が一番最初に吸った血が使い手の血だなんて、何とも滑稽な話だ。
花緋は自嘲気味にフッと笑う。
そんな花緋に、包帯を巻き終えた沖田は気づいて顔を上げる。
そして真剣な目を花緋に向けて口を開いた。
「今度は―…何があったんですか?」
沖田に見つかって、こう聞かれる事は分かっていた。
しかし、何と答えたらいいか考えても答えが見つからなくて花緋は俯いて口をつむぐ。
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