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「お母さんが遠くで満開に咲き誇ってる桜を見て『きれいね』って泣きながら言うの」
「………」
少し悲しそうな笑みを浮かべながら話す花緋に、2人は何と返していいのか分からなくてただじっと囁くように語る花緋を見守る。
「お母さんは遠くでしかこの桜を見る事は出来ない。
だから…私がお母さんに持って帰って見せてあげるの」
溢れそうになる涙を必死でこらえながら、悲しみを隠すようにニコッと笑う花緋は見ている方も辛くなる程痛々しかった。
花緋から視線を外し村が広がる方へ顔を向けるとポツリと晋作が言う。
「…おばさん、そこまで体弱ってるのか…」
晋作は気まずくなるといつも花緋から顔を背ける。
いつもの癖だ。
花緋も晋作と同じように村の風景を眺めながら答える。
「…うん。もう1日ほとんど寝たきり。
ご飯もあんまり食べなくなったし…咳も前より酷くなってるんだよね」
それは晋作に言うというよりはまるで、自分自身にそう言い聞かせるような物言いだった。
目が微かに赤くはなっても決して涙を零さない花緋。
10歳とは思えない意志の強さ。
きっと彼女の環境が花緋を強くさせたのだろう。
否、強くならざるをえなかったのだ。
ーーそんなに頑張ってたらいつか壊れちゃうよ、花緋?
口には出さずに心の中で栄太郎は、隣に佇む小さな少女に語りかけた。
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