古代羊の怒涛

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     *** 「それまで!!」  判定役を務めるらしい男の声が闘技場に高らかと響き、そして客席からは大きな歓声があがった。  称える拍手、聴こえる声の調子から、来ている客は満足しているらしいというのは判るのだが、正直今の戦いのどの辺りに満足する要素があったのかエリシアには今ひとつ理解できず、首を傾げながら鬼腕の待つ闘技場入り口へと戻る。 [画像] 「どうした。何か収まりの悪い事でもあったのか?」  こちらの表情から読み取ったのか、鬼腕がそんな事を訊ねてくる。  収まりの悪い。どうだろう、取り敢えず、先程思ったことをそのまま口に出してみた。 「ああ」  鬼腕はひとつうなずくと、闘技場へと上がる数段ほどの階段を一歩でまたいで、闘技場の縁をぐるりと包む壁、その向こうにある客席へと視線を巡らせて、 「この単書における客席というのは、単なる張子だ」  張子?  少なくとも遠目から見た限りではどう見ても人間に見えるのだが。 「例えだ。この単書『コロセウム』では。闘技場の中での戦いと、あとは参加者同士の掛け合いが全てだ。だから、それ以外の要素はあまり力を入れて組み上げられていない。客席も同様だ。あいつらは常に闘技場の客席にいて、ただ歓声、悲鳴、罵倒。それを状況によって生み出すだけの存在に過ぎない。先程のお前の戦いに何かの感情が動かされて、ああして声を上げ、歓声を送り、拍手している訳ではない。“そう設定されているからそうしている”だけだ」 「…………」  群書の中に入っている時、“本の中に入っている”という感覚は希薄だった。だが、箱舟の住人達が持つ単書は、時折こうして作り物の世界である事が見えてしまう。 「単書が不完全なわけではない。群書が特別なんだ。第一、今自分たちは単書に群書の形式でもって“部外者”として割り込んでいるからそう思うだけで、この世界の登場人物と完全に“同期”した記名を行ったなら、そんなことは全く気にならなくなる」  ……何処か、怖い話だ。 「原理述の修錬のためにお前をここへと誘ったというのに、まったく別の話になってしまったな。兎に角、先程の戦いぶりなら問題は無い。次回は新しい対戦相手が待つ頁へ挿入する事としよう」 ─End of Scene─image=337787114.jpg
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