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肝を冷やした男は、慌ててその肩を抱く。脆くはないとはいえ、硝子は硝子だ。
「危ないっすよ。割れたらどうするんすか」
「あんたが変な事言うからだろっ。……あ、あれ」
青年が不意に指差した先を見遣れば、晴れ渡る平和な晩夏の空に、少し欠けた月が浮かんでいた。
「月がどうかしましたか?」
「なんて言うんだっけ。真昼の月って」
「海月っすよ。確か」
何故突然そんな事を言い出したのかと、訝しげに青年を見れば、思いがけず熱く視線が絡んだ。
青年の瞳が、酷く大人びた色を宿している。
嘘も誤魔化しも見通す、真っ直ぐで強い瞳だ。
「あんたに似てる。掴み所が無くて、近くに居るのに遠くて」
「そんな事無いっすよ。ちゃんと側に居るじゃないっすか」
「どうだか……」
苦笑する青年を腕の中に引き寄せ、抱き締める。
置いて逝くのと、置いて逝かれるのとでは、どちらが辛いのかと考えながら。
(くだらない。むこう十年好きでいられる自信があるなら、それでいいじゃないすか)
そんな事を言えば、青年は傷付くだろうか。怒るだろうか。
言ってみたい気持ちはあるが、今は言わない。
「ちなみに、似てるのは月っすか、クラゲっすか?」
「クラゲに決まってんだろ」
茶化して訊けば、今度こそ青年は声を上げて笑った。
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