十六夜の月と笑う鬼

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   朧月(おぼろづき)()でながら、ゆるりゆるりと男が酒を()んでいる。恐らくはまだ若い、青年のようである。  闇を(つむ)いだ詰襟(つめえり)の黒衣に、(うれ)いを含んだ白皙(はくせき)(おもて)()える。  (かたわ)らには、片目の潰れた小さな猫がまどろんでいた。  辺りに人けは無く、茫々(ぼうぼう)(やぶ)が繁るばかりである。  不可思議な事に、男も猫も四尺程宙に浮いている。  まるでそこに縁台でもあるかのように、男はしっかりと宙に腰掛け脚を組み、猫は丸くなっていた。  天の羽衣(はごろも)の隙間から、十六夜(いざよい)の月が顔を覗かせる。  その度、猫の真っ白な身体から、ふわりふわりと燐光(りんこう)が立ち(のぼ)った。 「ああ……いい月だ」  と、何処(どこ)からともなく人影が現れ、男の傍らに立った。  赤い花の描かれた若草色の着物を(まと)った、痩せこけた老爺(ろうや)である。 「やあ、お邪魔しますよ。よい月夜ですな……――時にお若い方、鬼の噂を御存じですかな」 「鬼……」 「そう。近頃この辺りに、花心(かしん)を抜き去る鬼が出るのだそうです。一人は常世(とこよ)へ誘う姫、もう一人は死へと導く若い男。その男、(すがめ)の猫を連れていると言う」 「それは……まるで俺達のようだな」  探るような老爺の言葉に、口へと運びかけた(さかずき)を止め、男が低く喉奥で笑う。  その時、猫が背中の毛を逆立て、闇に向かって(うな)り始めた。 「御老体、噂の常世の姫君がお()でなすったぜ」  猫の睨む薮の一画からするすると闇を割り、女が現れた。  十二(ひとえ)を纏い、長い黒髪を垂らした美姫(びき)である。  姫に(ともな)った二人の女童(めのわらわ)が手にする鈴蘭が、(ほたる)でも()めたのか淡く明滅し、姫の美貌を妖しく照らしている。
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