十六夜の月と笑う鬼

3/3
前へ
/28ページ
次へ
 (おもむろ)に姫が、老爺に向かって手招きをする。  呼んでいるのだ。魅入(みい)られたように老爺の足が揺れる。  と、薄雲の隙間から皓々(こうこう)と差す月光が、一筋鈍く(またた)いた。  それを(すく)うように(かざ)した男の手が、次の瞬間には一振りの刀を握っていた。  ずらりと抜かれた刀の刃が、夜露と月光を(はら)み、青く(きら)めく。それは斬る為に鍛えられた刀だった。 「時守(ときも)りの鬼はお主かっ!」  駆け出しかけた老爺の胸に刃が一閃(いっせん)し、真っ赤な物がばっと飛び散った。  しかし、返す手で刀を納めた男の足下に老爺の姿は無く、深紅の花を付けた木瓜(ぼけ)の枝が落ちているばかりである。  その枝を拾い上げると、月明りに光る物がある。  絡み付いた蜘蛛(くも)の糸だった。 「俺達が鬼か。では、姫君はいったい(なん)ぞ!?」  そう呟くと猫はさも可笑(おか)しそうに、月に向かい喉を立て呵々大笑(かかたいしょう)する。  放って置けば、やがて木瓜の古木は天寿を(まっと)うし朽ちるだろう。  これで今夜の勤めは仕舞(しまい)らしい。  あるか無しかの微笑を掃くと、男は再び盃を取り、ゆるゆると呑み始めた。  姫の姿はいつの間にか消えている。  後はただ、この世の人ならぬ、滅びと時の守り人を、月が静かに照らすのみである。             了。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

77人が本棚に入れています
本棚に追加