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荒い息が幾つも追いかけて来る。立ち止まったら二度と夜明けは訪れない。それを知っている少年は、死に物狂いで棒のような脚を動かす。
死は常に身近にあり、飢え、病み、渇き、そして同類の手に掛かり、多くの人間が、もがきながら死んで行くのを幾度も見た。
持たざる者は、抗わなければただ死を待つだけだと、痛い程分かっている。
ほんの百数十年。しかしよく生き抜いたとも思う。だがまだ、死にたくはない。
(まだや。まだ死なれへん。こんな所で死んで堪るかっ)
そうして今まさに、少年の背に死の恐怖が重く伸し掛かっていた。
薄闇の中、行く手に黒々と深い森の影が見える。
(あすこに逃げ込めば、まけるっ)
ねぐらにしている森を目指し、脚を励ましたその瞬間、後頭部にガツッと衝撃を受け、少年は顔から地面へつんのめった。
乾ききった土ぼこりが口の中に入り込み、一瞬喉が詰まる。
「へへっ……逃がさんぞ、小僧。ただで帰すと思うなよ」
「大事な水をよくも盗みおってっ。この死に損ないが!」
「お前のような余所者にくれてやる物なぞ、村の何処にも無いわっ」
咳込む少年の背中を容赦なく棒や足で打ちのめし、継ぎの当った薄汚れた着物姿の男達は、大きく肩で息をした。
皆一様に息が荒い。その場に異様な熱が蟠っていた。
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