沈む月

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「仕事、忙しい? (くま)出来てる」 「まあな。あちこちぶっ壊されたから、調整が面倒だ」 「あれ以来、初めての休みだろ、ゆっくり寝たかったんじゃねぇの。俺、帰ろうか」 「馬鹿、お前呼んだの俺だろうが。いいから()め」  男は渋い顔をして紫煙を吐き出すと、枕元に置いてあった酒徳利(さけどっくり)から、(さかずき)薫酒(くんしゅ)をなみなみと注ぐ。  甘く刺激のある芳香を嗅ぎながら、青年は男に向かい両手を伸ばす。 「呑ませて……」 「……ったくっ。甘ったれやがって」  男は煙草を揉み消して盃の酒を(あお)り、青年の(あご)を掴むと唇を重ねた。  人肌に温まった酒をゆっくりと飲み干す。それは微かに苦い煙草の味がした。  もっととねだり、盃を重ねる。しかし、(いく)ら呑んでも酔えなかった。 「この角……好きだな。あんたが本当にここに居るんだって、簡単に確かめられる」 「物好きだな。好きにしろ」  隣に(ひじ)を付いて横たわり、黙々と盃を傾ける男の額に生えた小さな角を指先で押し、痛みを伴う感触を確かめる。  (うわばみ)のように次々と盃を干す男の顔色は、相変わらず紙のように白いままだ。  それが不思議で、青年は男の呑みっぷりに見惚(みと)れた。  雑然とした和室に行灯(あんどん)の明りが揺らめき、不可思議な影が踊る。  猫の目のような細い月が、(ほの)かに明るい(よい)の空を西へと沈んで行く。星の(またた)く音さえ聞こえそうな、静かな夜だった。  (しば)し穏やかな静寂が満ちる。  と、不意に青年の目から涙が(こぼ)れ、それはたちまち奔流(ほんりゅう)に変わり、布団(ふとん)を濡らした。
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