沈む月

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「何、いきなり泣いてんだ」 「――あんたはっ。急に居なくなったりしないよな? 別れたくなったら、一言いっ……てく」  無理矢理笑おうとして失敗し、きつく唇を噛む青年の頭を胸に抱き寄せ、男は深く吐息を漏らした。  その目は、神をも射殺(いころ)せそうな程、鋭く虚空を睨んでいたが、青年に触れる手は何処(どこ)までも優しい。 「いつか、な。その時は、お前にしっかりひっぱたかれて、別れてやるから安心しろ」 「ええー……あんた、何やらかす気だよ」  寝間着の胸に濡れた顔を()り付け、青年が僅かに安堵の息を吐く。その青年の瞳を酷く真面目な目で、男は覗き込んだ。 「消してやろうか。あの人の事、全部。お前の中から」  それは(たと)えようも無い甘美な誘惑。この男なら、きっと綺麗に消し去ってくれるだろう。跡形も無く、見事に。 (隊長の事、何もかも……忘れる?)  しかしそれは、許されざる罪だ。 「そんな事したら、あんた(ろう)にぶち込まれるよ」 「事故にしちまえば案外――」 「いいんだ。忘れたい訳じゃないから」  青年が思いのほか強い瞳で男を見上げ、その唇を(てのひら)で塞ぐと、「そうか」男は少し悲しげに笑った。  その目があまりに優しくて、青年の胸は小さく(きし)んだ。
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