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「これを、持っていってくれ」
そう言って、俺の手に握らせたのは、古びた金の懐中時計。
「これ、あんたががお祖父さんから頂いた大事な物って……」
くすんだ金色が、日に映えて鈍く光る。
「勝手な話だがね……」
先生の笑みに苦味が広がる。
「僕は生まれつき、子供が作れない体だった。
それを知ったときは、ショックだったよ。
それを割りきって、少なくとも、そう思って今まで生きてきた」
俺に時計を握らせたまま重ねられた先生のてが、震える。
「君はね、僕の子供の頃にそっくりだったんだよ。
性格、話し方、仕草や癖なんかもね。
そんな君を見ていたら、なんだろうね、息子ができたようでね、嬉しかったんだ。
この時計は、代々僕の家の男に受け継がれてきた。
君になら、これを託せるよ」
……話が無理矢理臭いが、貰えるものは貰っとこう。
船が接岸し、タラップが渡される。
別れの時だ。
「それでは、身体に気を付けて。
向こうの主治医、というか、目付け役の保険医と、君の身元引き受け人には、話は通してあるが、」
「「しっかり挨拶はするんだよ。
挨拶は、人間関係の始まり、基本なのだから、疎かにしてはいけない」」
先生と同時に言ってやった。
笑みを深くする先生に、手を挙げ別れを告げて船に乗り込む。
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