第零幕 いい日旅立ち

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ゆっくりと、船は離岸していく。 見送る先生の手に、掲げられた金時計。 やっぱり、こっちはレプリカか。 最初から最後まで与太話とは、本当にあなたらしいよ。 竜頭の頭を押し、蓋を開く。 その蓋裏に先生の教えの一つが彫りこまれていた。 『苦しいとき、辛いときは、歌を歌いなさい。 なぜなら歌は、母胎の中で聞く心臓の波音を祖とする、人間に一番近しい友なのだから』 全く、最後まで気取りやがって藪医者が。 そんなあなたに、感謝を。 その思いを込めて、金時計を掲げる。 俺が今の俺でいられるのはあなたのお陰です。 あなたが教え、導いてくれたからこそ、俺は真っ直ぐに立っていられる。 だから、万感を込めて俺は叫ぼう。 「一年間、お世話になりました! 医者の不養生になるなよ!         オヤジ また会おう、くそ医者っ!!」 嘘だろうとなんだろうと、両親を知らない俺を息子と呼んでくれたあなたを、今だけは親父と呼ぼう。 先生の笑顔から、涙が伝う。 「向こうはこっちより暖かいけれど、くれぐれも身体には気を付けて! 今度会うときは、可愛い彼女を連れてきてくれるとお父さん嬉しいよ! また会おう、鳴海くん!!」 余計な言葉の混じった素直な別れの言葉。 ……本当に、最後の最後まで口の減らない俺達らしい。
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