第零幕 いい日旅立ち

7/14
前へ
/236ページ
次へ
いきなり翌朝まで時間を進める。 港で拾ったタクシーに風見学園近くまで送ってもらい、まだ誰も歩いていない桜並木の下を歩く。 タクシーの運ちゃんの話だと、真っ直ぐ行けばいいそうだから迷う心配はないがしかし、 「真冬だってのに、桜が満開とはねぇ。 先生の与太話かと思ってたぜ」 ひらり、はらりと桜が舞っている。 驚くほどゆっくりと。 濃密な桜の香りに、目眩すら覚える。 「桜の下には、死体が埋まっている。 その死体から、血を吸い上げるから、桜の花は白から薄紅色に染まり、樹皮からはきれいな赤色の染料が採れる」 先生の与太話の一節を口に出してみる。 それに見合った光景に、背筋が粟立つ。 この桜並木を染めるには、一体何人分の血が必要なのだろうか。 朝の陽光を透かす薄紅が、少し濃くなった気がして怖くなる。 日本人が親しむと同時に、畏怖の対象とするのが理解できるような光景。 これから、俺の日常となる風景。 赤い煉瓦敷の道を、薄紅に染める桜の下、満開と言うより狂い咲きとも言うべき下を歩く向こうに、風見学園は見えてきた。
/236ページ

最初のコメントを投稿しよう!

295人が本棚に入れています
本棚に追加