希望を託されし剣

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       ──あれからどれくらいの時間が経っただろうか。何日間も経っていたような気もするし、本当はたったの数秒間だったのかも知れない。  いつの間にか晴れていた空から顔を見せる蒼い満月が、崩れた魔王城の床に眠る勇者の顔を照らした。まぶたに映る月光で気がついた勇者は、まず辺りを見回した。先ほどの戦闘の衝撃で、一階以外はほとんど全て崩れている。幸い、勇者のいる所に瓦礫は落ちなかったようだ。 「魔王は……?」  勇者はあることを確かめるために立ち上がった。脇腹がズキリと痛んだが、構わずに歩いた。  見ると、階段があった場所の近くの瓦礫の隙間から、腕が出ているのがわかった。勇者は精一杯の力で瓦礫をどかした。頭から血を流す魔王が顔を覗かせた。彼は苦しそうな表情で勇者を見た。 「勇者、強くなったな。俺の……敗けだ……」 「魔王……本当にこれで良かったのか?」 「ああ、世界が平和になるには、誰かが悪役になり、正義に打ち倒されるのが、一番手っ取り早い」 「だからって……お前が犠牲にならなくったって」 「聞け。……先にこの大地に住んでいたのは、お前たち人間で、俺たち魔物があとからやって来た。だったら俺たちがいなくなれば済む話だ」 「だが! 魔物たちに攻撃の意志はなかった! 異形のものを恐れるあまり、人間が魔物を殺したのが始まりだ」 「そうだ。同胞を殺された魔物が復讐に人間を殺す。そしたらまたその仕返しに……。こんな堂々巡りが、数百年続いていたんだ。簡単に……埋まる溝ではない……だが俺が死ねば、魔物はこの地から退く。人間は勇者という救世主を讃える。これで、全てうまくいく」 「待てよ、過ちを犯した人間の方だ、なぜお前がそこまでして……!」 「さっきも言ったろう。この大地に先に住んでいたのは人間……ここはお前らのものだ。邪魔者は消えるさ……。おい! 俺はもう寝るぞ」 「魔王……?」  それきり魔王は動かなくなった。心臓の鼓動も、魔力の潮流も感じられない。弱々しい息遣いも完全に消えていた。勇者は、この魔王と呼ばれた真の勇者が、崇高なる使命を終えて眠ったのだと悟った。  勇者は立ち上がって城をあとにした。掌とハリーセンには魔王の血が一杯ついていた。優しい月光がそれを照らした。赤い液体が白く輝いた気がした。勇者はその血を力一杯握りしめると、また歩き出した。         ─完─
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