『日常』のパラドックス ~上~

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    その日は良く晴れていた。雲が日を陰す事なく、空は太陽の一人舞台。 だからその日新藤美玖(しんどうみく)と言う少女はショッピングを楽しんでいた。何処にでもいるような少女の美玖は白いセーターとチェックのスカート。髪をポニーテールに縛って街を散策していた。 前から欲しかったピアスが手に入り、気になるブランドの新作を眺めたり、有名店のスパゲティに舌鼓を打ったり、通りを見渡せる喫茶店で一息ついて、とても楽しい休日の今日を謳歌していた。 まだ太陽が高くある時間帯。すれ違うカップル、携帯で喋るサラリーマン、買い物袋を下げて井戸端会議のおばさん方。人々の活気も収まらない。   しかし見るものがなくなったか、疲れたか、はたまたその両方か。美玖はショッピングに区切りを着け、帰路に着こうとしていた。買ったピアスはその場でつけて、風を浴びて揺れていた。 差し掛かった街路樹の大通り、太陽に晒されたアスファルトが熱を持ち、季節の変わり目を囁く。 木々たちが風に揺れ、行き交う人々とすれ違う最中ピアスを着けた左耳が突然耳鳴りを起こす。   「痛っ!?」   キィーンと響く鼓膜に思わず耳押さえうずくまる美玖。それでも耳鳴りと激痛が美玖を絶えなく襲い、体の感覚さえ麻痺していく。   (何? 何!?)   自分に問いかけても答えは出なく、硬直する体がカタカタ震える。呼吸も荒く息が覚束ない。親友が可愛いと言ってくれた円らの瞳は瞳孔を開き、いっぱいに溜めた涙を雨のように降らす。   自分を律しようと全神経が内向きに働き、外界の雑音の一切を遮断する。まるで自分だけ取り残されたような感覚を、美玖は理解できずに苦しんでいた。ただ痛みだけが美玖を支配して……、     ―――な…じ……。     酷く頭痛がする、吐き気も酷い、眩暈もしてきた。だが、何かが意識のブレーカーを落としてくれなく、何秒、何分、何十時間とも続くかもしれない地獄に唯喘いでいた。     ―――…んじ……。     もう死にたい……。何時しかその思考が美玖の大部分を占めていた。この苦しみからの根本的な脱出方法がそれしかないように美玖には思えてきた。   そもそも自分がこんなに苦しんでいるのに何故周りは無関心なのだろう? 声を掛けてくれたっていいのに。大丈夫? の一言でどれだけ救われるだろう?  声の出せない今の美玖には、誰かが手を差し伸べてくれるのを待つしかなかった。
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