『日常』のパラドックス ~上~

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  『まず、汝はさっきから声をかけてる我に気を使え』   「そ、そうだ、誰! 何処にいるの!?」   自分と同じ境遇にある人間を探そうと辺りを見回す美玖。だが眼前に広がるのはモノクロの世界、人影らしいものは見当たらず一人だけ取り残されているような錯覚は変わらない。   『やっと反応反応を返してくれた……。我、ちょっぴり感動している』   この不思議空間には誰もいない。それなのに声だけはしっかりと美玖に存在を訴えかける。その事実が更なる恐怖へと変換され、美玖の中で消化される。   「な、何よ。一体どうなっているの?」   『ん、ん。……あー、あー。本日は如何様にも晴天ナリ、と』   状況が美玖だけを置いて加速していく。のんきで場違いなマイクテストは、美玖の緊張を解すには至らなかった。   『あー、では汝。――汝は我を使役するに値する者か?』   動き出した時計の針。立ち止まるのは12時か、0時か。図らずも運命に相対しひっくり返された砂時計はこの者を道連れに流れ落ちていく。全ての砂を吐き出した時、この者に何を見せるのか……。不可思議な非日常に招かれたこやつの運命は――?   「分からない!? 何、何なの。どうなっているのよ!!」   『――汝』   「いや!! もう家に帰して!! 私が何をしたって言うのよ」   『いや、だから汝』   「やだやだやだやだやだ!!」   『なん――』   「誰か助けてよ!?」   ――以上のようなモノローグを考え、感傷に浸り決まったぜ! となんとなく思っていた『それ』はあまりにも現状を理解しようとしない(出来ない)美玖の錯乱した声に台無しとされる。   だがそれは仕方の無いこと。普通まともな神経を持つ人間がこのような局面に相対した場合混乱するのは当たり前なのだ。自分自身の認識で図れない世界。それはただの恐怖だ。   美玖は両手で耳を塞ぎ、目尻に涙をためしゃがみ込む。いやいやと激しく頭を左右に振りこの世界が夢であることを切に願いながら目を閉じる。   私は今ベッドの中なのだと自分に言い聞かせながら、もうすぐ目覚ましが鳴ると思いながら。いつもは憎憎しい頭に響くベルの音が、きっと自分を救ってくれる。そしたら誰も居ない部屋で目が覚めて、目に映る世界は色を取り戻しいつものように言うんだ。  
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