『日常』のパラドックス ~上~

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そしてそれは乾いた音を轟かせ、迫りくる黒の殺意をふっ飛ばした。 「ひぃ!?」 美玖は短い悲鳴を上げた。聞いたことがある、その乾いた音は。ただし実物は見たことがなく、ブラウン管越しの世界で、スクリーンの立役者として。   美玖の耳に轟いた『戦う』、『殺す』の代名詞。その名は拳銃。まず一般人が持つことは無い非日常の音は、確かに『此処』に存在する。   美玖の悲鳴に逆らうように、一発、もう一発とモノクロに響かせる。その発砲音に更に二つの黒が吹っ飛んだ。   恐る恐る視界を上げ、目に映ったのは黒いマント。美玖よりも高い身長。何よりもこの世界で目に止まる、燃えるような短い赤い髪。   ふと、目の前の赤が動く。180度反転して、美玖に向き直る。切れ長の瞳と整った顔立ち。それが赤い髪と相まって一種の幻想的な、現実的ではない雰囲気を感じられる。   (何? この感じ……?)   その異様なまでの雰囲気、しかし美玖には懐かしさにも似たデジャブュを感じた。   ただここまで印象のある人物をそうそう忘れる事はない。しかし美玖には初対面のはずである。デジャブュなんて感じはずもない。   すると美玖の体が浮いた。一瞬のことで分からなかったが、視界が斜めに傾いたことで投げられた事に気付いた。そのまま弧を描き、地面に叩きつけられる。   「きゃっ!?」   背中から落ちた美玖は小さな悲鳴を上げる。しかし先ほどまで美玖が蹲っていた場所がドゴッという鈍い音を立てる。   美玖は背中を向けて分からな髪は油断したのだろうか。少し猫背で常に戦闘体勢の赤い髪に対してだいたい45度左だろうか、その鋭い黒い殺意が目の前に迫る。   「あぶない!!」   呆けていた美玖が声を上げた。声に反応した赤は、視線をそれにずらす。が、   (だめだ、間に合わない!)   避けるにしろ、撃つにしろ、どんな行動を取るにも遅すぎる距離。眼前迫る殺意が、赤い髪を貫く―――はずだった。   ――ドゴッ。   またも鈍い音が地面を抉る。ただそれは赤い血を撒き散らす事なく、頬をかするに終わった攻撃。   「……え?」   美玖は間抜けな声を出す。傍目に見ればどう見ても必殺。だがその『事象』は不発に終わる。   赤い髪は鋭い眼差しで『先ほどと何も変わらない体勢』で反撃をする。   伸びきった腕とも言えるそれをむんずと掴み、力いっぱい引き寄せる。  
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