序章   『声』

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私立姫川高等学園。 県内で最も有名な女子校であり、伝統と歴史、校風から富裕層に人気の高い『お嬢様学校』だ。 中世の古城を連想させる趣深い造りの校舎のいたるところで笑い声が聞こえる。 今は昼休み。 生徒達は教室で、中庭で、食堂で昼食を囲みながら会話に華を咲かせている。 そんな憩いの時間に暗い面持ちで廊下を歩く一人の女子生徒がいた。 彼女の名は葵鞠奈(あおいまりな)。 ここの一年部だ。 腰まで流れる滑らかな漆黒の髪。 触れれば折れてしまいそうな小柄で細い体躯。 頭にニットキャップを被っていること以外は特に目立った特徴のない普通の女の子であった。 鞠奈はゆっくりと歩く。 自分と周囲の世界を切り離すように前だけを見て進む。 だから後ろから忍び寄る気配に気付かなかった。 それは食堂の前を通った瞬間、襲いかかってきた。 「ま~りにゃん!」 「ひゃうっ!?」 突然何者かに背後から抱きつかれて鞠奈は思わず小さな悲鳴をあげてしまった。 「か、楓ちゃん……」 「エヘヘヘ。浮かない顔してどうしたのかなっ?」 肩ごしに襲撃者を確認すると、それは友人の佐川楓(さがわかえで)だった。
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