序章   『声』

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鞠奈は再び悲鳴をあげそうになるのを堪えて喋った。 「あの、すいません。ただの貧血ですので。少し休めば平気です」 「そう。それは良かった」 『その程度でいちいち騒ぐな』 表情も、言葉も、鞠奈を心配する優しさで満ちているのに、『声』の内容は醜悪なものだった。 「鞠奈、ついていってあげよっか?」 『本当に大丈夫なのかな?』 楓も尋ねてくる。 友人の『声』に裏表がない事を安堵しながら鞠奈は「一人で大丈夫」と言って別れた。 保健室に向かう道の途中、鞠奈は人気(ひとけ)のない教室に逃げ込んだ。 扉を閉め、その場に座り込む。 「なんで…………」 目の端から涙が溢れる。 「なんでこんな酷いチカラなんか…………」 自分だけが聞こえる『声』。 それは他人の『心の声』である。 自分の意思とは関係なく聞こえてくる醜い『声』を嫌悪していた。 「こんな酷いチカラ…………欲しくなかった」 そして同時に、読心能力を持つ悪魔である自分を憎んでいた。
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