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初夏の生ぬるい風に妙な悪寒を感じる。頬杖をつきながら、浅く息を吐いた。
40人近く居る狭い教室は、がやがや、がやがや、忙しなく揺れている。
楽しそうに話をしてる人、それを恨めしそうに見つめてる人、本を読んでる人、ボーっとしてる人、調子に乗ってうるさくしてる人。
みんな、自分の世界がある。
かといって、決して他人の世界に土足で踏み入ることはない。みんな、自分の立ち位置を知っている。だから、気の許す者たちと、相手の気持ちを害すことなく生活していく。それが、心地よかった。
出掛かった欠伸を噛み殺し外を見れば、曇りがかった空に点々と線が降りてきていた。微かに、音が聞こえる。空気と触れ合い、お互いがぶつかりあい、雨粒は音を立てて散っていく。
「やべえ。傘持ってきてねーし……」
男子にしては少し高めの声が耳に入る。健也(ケンヤ)だ。丁寧に染め上げた茶髪で髪を盛っていて、顔は整っている。あどけない少年をイメージさせる顔つきだった。
机に腰をおろし、後ろの席の玲紀を見下ろして嘆いていた。
「今日、気温の割に風強いからな。通り雨だろ。直ぐ止むって」
すかさず言うのは玲紀。低く落ち着いた声音が、ゆったりと響く。
彼は、可愛いとか格好良いとか、そういう枠に当てはまる顔立ちではない。脆く消え去りそうな、色素の薄い皮膚が印象的だった。鼻筋は通り、いつも大人びた表情をしていた。
健也はわざとショックな顔を作り、玲紀を無言で睨みつける。
「つか丁度いいだろ、盛った髪が平均的になって」
「酷いわ…っ! 何時間かけたと思ってるのよ、白状ね!」
「気持ち悪い」
「ん…? それ、地味に傷つくんだけど! なんかキモいよりずしっとくるっていうか…」
玲紀がおどけて白目をむき、健也が蹴りを入れる。内容はどうあれ、テンポいい会話が脳内を回る。なんだか、気持ちが良い。彼らの会話に意義など少しもないけれど、無駄なものは多少はあったほうが、過ごしやすいものだ。
「ねえ、やっぱ玲紀君最高!」
頭の中でいち、と、と。テンポを刻んでいたら、耳を振るわせる、高すぎる声が響いた。愛里(アイリ)だ。
獲物を狙う獣のような目が、私を捕らえている。だけど、別に私に聞いて欲しいわけではないんだろう。現に押されたように縮こまった瞳の奥は、玲紀の姿をうつしていた。
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