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かけている黒縁眼鏡のせいでちょっと地味な印象を受けるけど、それによって話しかけやすい雰囲気がより強調されている気がする。
頭に『絶世の』とか『凄く』とかつくような美人や可愛い類いの女が俺はどうも苦手だ。あの妙に話しかけ辛い感じが特にダメだ、接しているとこちらの気分が重くなる。
何か変な拒絶オーラみたいなの撒き散らしてるもんな、自分の周囲数メートル内に。
ま、ああいう方々と俺は住んでる世界が違うってことだ、うん。
その点、この女の子は親しみやすさがあって変に緊張したり息苦しさを覚えなくて済む。
良い意味で庶民的。とても好感が持てる。一緒に味噌汁を飲んでほっこりしたい。
いやあ、しかし、朝からいい気分になれた。
お陰で受験の不安や緊張も解けたし、この見知らぬ少女に感謝だ。
さて、名残惜しいが、いつまでもこんなところで立ち止まっているわけにもいかない。
会場へは余裕を以て到着しておきたいからな。
「怪我がないようでよかった。……っと、俺はそろそろ行くよ。そっちも受験だよね? お互い頑張ろう」
じゃあ、と爽やかに手を振って別れを告げる。
正直、用事さえなければ本気で口説いていたところだ。俺にそういう度胸があればの話だが。
「あ、はい。頑張りましょう……って、あ、あのっ! ちょっと待って下さい」
流れに任せて手を振り返していた庶民派少女だったが、はっと我に返った様子で急に呼び止めてきた。
「どうかした?」
「あ、え、えと……どこの学校を受験されるんですか?」
それを訊いてどうするんだ、と俺は思いながらも、彼女が妙に必死そうに見えたので素直に答えることにした。
「藍ヶ咲高校だけど……」
「ほんとっ!?」
途端に笑顔を浮かべる彼女は、俺の勘違いでなければ物凄く嬉しそうに見える。俺の勘違いでなければ。
「わたしも藍ヶ咲なの!」
「へえ、そうなんだ」
それはこちらとしても嬉しい情報だ。この受験に対する想いがより強まった。是が非でも合格しなければ。
……けど、何か引っかかる。
この女子生徒の態度、どうにも気になるのだ。
焦って呼び止めてきたかと思えば、受験先が同じだと知るや否や安堵したように笑顔を見せて──俺が単純思考のアホなら、ここで自分に気があるのではと都合よく解釈しそうなものだが。
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