春の風に吹かれて

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どれくらい時間が経っただろうか。男は遠くで遊ぶ子供達の笑い声を聞いた。先程まで空に浮かんでいた一掴みの雲はいつの間にやらどこか知らない場所へと消えていた。男はいつまでこのネパール人のベトナム語講座を聞かなければいけないのかと空を見上げたその時、ハハハという笑い声と共にネパール人は日本語を話し始めた。どうやら講座は終わったらしい。 「お名前は何ですか?」 男は突然尋ねられて一瞬間言葉を詰まらせた。これは、冒頭で男の名を紹介しておきながらそれっきり名前で呼んだことがなかったので、男も名前をだされることはもうないだろうとたかをくくっていた結果であった。 「稲葉っていいます。あなたは?」 「稲葉さんですか。私は…」 その後発せられたネパール人の名前はあまりに流暢なむこうの言葉で言われたので一切聞き取れなかった。だけどどうせ聞き返したところで次も聞き取れないだろうと思った男は適当に頷いてその場をごまかした。
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