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私が彼に会ったのは夏の暑い日蝉の鳴き声がよく聞こえる日だった。
いつも来る人と二人で私の部屋に入ってきて、私を見て照れて笑う彼がすごく新鮮だった。
彼はいつも来る人と違い手品やジャグリングも覚束ない手つきで失敗していたけどそれでも笑顔を絶やさなかった。
私も彼の仕草を見ているだけで元気でいられる様な気がしていた。
でも私はもうすぐこの世界からいなくなる。
その事を誰も私には言わなかったけど自分の体がそう私に教えていた……。
それから一ケ月、彼はずっと笑顔で私を励ましてくれた。
彼は私を外に連れていってくれたり色々な話をしてくれた。
私が一番大好きな場所にも行ってそこで彼と指きりをした。
[次の桜が咲いた時は一緒に見ようと。]
彼は快く引き受けてくれた。
私はそれまで生きる事ができるのかわからないけどそれでも初めてそれまで生きたいと思えた…
けれど私の体調は悪くなる一方だった。
生きたいと願えば願うほど体のあちこちが悲鳴をあげていく。
それでも諦めたくなかった。そして冬になり私はついに動く事すらままならなくなっていた。
次の日、外を見ると雪が降っていた。
私の体はなぜか治ったかの様に動く事が出来た。
今私に出来る事は彼へと手紙を書く事だった。
手紙を書いていると涙が自然に零れてきたけど‥‥
それでも書き続けた。
私に残された時間は後わずかなのだから……。
手紙を書き終え私は約束をした場所に向かった。
そこには大きな桜の木が一本町を見下ろす様に立っている。
今は枯れているけど春になれば満開の桜が見れるはずだった。
私はもう見る事は出来ないだろう……
だからその桜の木の下に私の大切な箱に手紙を入れて埋めた。
彼が約束を覚えていてくれれば見つけてくれるはず‥‥
そう信じて私はその場所を後にした。
雪の降っている様子が私には桜の花びらに見えた……。
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