7人が本棚に入れています
本棚に追加
彼はハンカチをしばらく見つめ、顔を上げると柔らかい笑みで言った。
「 ありがとう 」
彼が言うと『ありがとう』がすごくすがすがしく聞こえる。
私もつられて笑顔になった。
「そこまで!!」
夕暮れのコンビニ前に相模さんの声が響いた。
私を抱き寄せて、腕の中に閉じ込める。
ちょ、何してるんですか!!
「よく考えたらお前もライバル候補じゃん!
出雲ちゃんに近付くな!!」
私には理解不能なセリフを能登くんに投げ付け威嚇する。
それは、少し前に艶やかな余裕を浮かべていた大人とは思えない落差があった。
けど能登くんは気にした様子もなく、脱いでいた学生服の上着を羽織っている。
「ハンカチはまた後日お返しします」
きっちりとお辞儀をして、彼はバイクにまたがり去った。
無視された相模さんが憤慨している。
うーん…なんだかなあ。
お店に戻ると店長が名残惜しそうに言う。
「いやぁ、のっちゃんはいい子だったねぇ」
のっちゃんって能登くんのことかな?
店長は、『きっと親御さんもしっかりした人なんだろうね』と一人で納得していた。
私はどうしても特攻服を着た親を想像してしまう。
相模さんがぶーたれながら抱きついてきた。
「俺だって本気出せばあれくらい仕事できるよ!出雲ちゃんもそう思うでしょ?!」
漂ってくるいい香りにガチガチになりつつも、私は不二家のペコちゃん人形みたいに頷いた。
その横で日向くんはマイペースに私があげたチョコを頬張っている。
「何はともあれ、店も元通りだしいつもより客入りも良かったからよしとしますか!」
そう言って店長がまとめた。
キノコの山を店長権限でつまもうとして日向くんに手をはたかれている。
終わりよければ全てよし!
この事件も明日には圭ちゃんに話す笑い話になるんだろうな。
バイトが終わり、暗い道を急ぐ。
家に近付くほど街灯が少なくなるからちょっと怖い。
私は足早に家の門をくぐった。
最初のコメントを投稿しよう!