一章

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 穏やかな波風が僕を包んでいた。僕の頬を撫でる風は、雨と潮のにおいを運んでくる。雨は上がったものの、乱層雲は未だに空を覆っている。あの日もこんな中途半端な天気だった。  空を覆う黒い雲の隙間から、時折顔を覗かせる太陽の返照が僕の顔を照らして、僕は手を翳した。指の間から見える太陽は淡い橙色で、暖かさと同時に寂しさを覚える。  そんな中途半端な天気のお陰で、海岸には僕以外の人影は無い。春が訪れたばかりの海岸に、人影があるとは思わないが、幸運だった。  数年前にこの街を離れてから、五月一日には毎年この海岸に足を運んでいる。それが修学旅行と重なったのは、単なる偶然か、それとも運命というものなのだろうか……  どちらにしても、僕はこの場所で涙を流す。大切な人を失った……この場所で。
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