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「その祠は村の者もほとんど近寄らん場所やけん、おじぃは不思議に思ってな、大きい木の陰に隠れてよく見てみたらしいったい。
おじぃは目も悪いけんさ、はっきりとは見えんかったらしいけどさ、髪の長い若い女に見えたと。
若い女がこげな所で何しよんじゃろ?
おじぃは出ていくわけにもいかず、しばらく息を潜めて見よったったい。
ほんだら…
何とその女は着物を脱いでな…池に入っていったんや。
このくそ寒いなか、気持ちよさそうに池の中を泳ぎよったと…
おじぃは慌てて森を抜け出し、家まで走って帰ってきたったい。
血相変えて帰ってきたおじぃが何て言ったと思う?
『森の池に河童が出た~
メスの河童が出た~…』
俺もお父も大笑いしたさ。
いい年したおじぃが
『河童が出た~』
やけんな…」
稲造はその時の場景を思い出したのか、堪えきれないように吹き出した。
吾郎もつられて笑い声をあげた。
やがて二人は互いに稲造の祖父の真似をしては草の上で笑い転げた。
そんな二人の笑い声は低い冬の空に吸い込まれ、冷たい風となって寂しい冬の村に吹きおろしていった。
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