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天正九年五月―…
相馬氏との戦で、政宗は初陣を飾る。
結果は大勝だが、政宗はどうしても素直に喜べずにいた。
「…何をこの世のオワリみたいな顔をしてるんです?」
どんより暗い…なんだか茸でも生えてきそうな夫に、さすがの愛姫もおそるおそる声をかけた。
政宗は緩慢に髪をかきあげると、苦笑を洩らす。
「俺はまだ子供なんだな、そう思い知らされたんだよ」
「何を言ってるんですか。
殿方は元服なさったら成人でしょうに。旦那様は十一のとき元服なされたではないですか」
きょとんと愛姫は首をかしげる。
その仕草を、政宗は微笑ましく思い、愛姫の額を弾いた。
「意味が違うんだよ。
精神的に大人になるなんて、まだ俺には先の話だ。
精神的には、俺はまだまだお子様だと思ったんだ」
「…っ」
不意に、愛姫は吹き出した。
政宗と子供という単語が、どうしても結びつかない。
「子供…旦那様が仰ると、どこか異国の言葉みたい…っ」
政宗は半目で妻を睨んだ。
「俺が使ってるのは、れっきとしたこの国の言葉だ」
「いえそうなんでしょうけれど、…あはははっ!」
よほど可笑しかったらしい。
坂上田村麻呂の血を継ぐ名家の跡取りとして、厳しく躾られていた愛姫には珍しい、まさしく大笑いだった。
床もバンバン叩いている。
「こ…こんな小生意気な子供…、二人もいらな…、あ~お腹痛い」
笑い転げる妻を、政宗は優しい眼差しで見つめている。
その左目に、ほんの僅かの翳りが滲む。
と。
「いいえ、若子さまは多くて結構ですので、どうぞお頑張りなさいまし」
ひんやりとした年寄りの声に、今度は、二人ともに笑ったのだったのだった。
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