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そんな感じで、僕は齢たったの十秒にして熱烈な恋に落ちちゃったんだけど。しかし悲しいかな、僕はまだあまりに無力だった。できることといったら、せいぜい声を上げるくらいのもんで、情けの欠片もない運命が僕と彼女をあっという間に引き裂いた。
具体的にどうなったかっていうと。僕はすぐに眠たくなっちゃったんだ。すぐ近くには恋しい彼女がいるっていうのに、僕は暴力的な睡魔に連れられて、あっさり夢の世界に入っちゃった。赤子の辛いところだよ。そして僕がぐっすり眠ってるのをいいことに、無情な運命の手は彼女から引き離していったんだ。
次に目を覚ますと、僕はどっか別の場所で寝かされていた。その上からは、でかい二人の人間が僕を見ていた。
「ほら見て、目を覚ましたよ」
「本当だ。なんてかわいらしい」
え?あの娘は?勘弁してよ。なんだか優しい声を出してるけど、僕はあんたらに興味はないんだよ。僕は焦った。人生経験の欠片もない僕は、ずっと彼女がそばにいるもんだと思っていたのに、早速見あたらなくなっちゃってる。
「こんなにきょろきょろして。何を見てるのかな」
「何かを探してるみたいだね」
僕は不満でならなかった。不満なんて言葉は知らなかったけど、とにかくイヤぁな感じが体に充満してた。すぐにでも彼女のところへ飛んでいきたかったけど、ちっちゃな体じゃどうしようもなかった。ちっちゃな僕にできることといったら、ひとつだけだよ。
「ギャーっ」
「元気に生まれてくれて、よかったね」
「そうね。こんなに大きな声をして」
ひとしきり大騒ぎすると、ようやく気が収まってきた。どうやら今のままじゃ、どうしようもないらしいぞ。彼女はいない。それなら、会いに行くしかない。はっきり言葉で考えてた訳じゃあないけど、僕の気持ちは決まっていった。大きくなるのを待つんだ。また彼女に会えるように。
「生まれたばかりなのに、意志の強そうな眼だ」
「ふふ、あんまり親バカなんじゃない」
「いや、間違いない。この子はきっと、すごいことをやるよ…」
僕の誕生日は、だいたいそんな感じだった。万事思い通りとはいかなかったけど、今になって振り返っても概ね満足してるよ。
多くの人間は「何の為に生まれたのか」とか、「人生に意味はあるのか」とか、なんかそんな感じのことで悩むもんだけど。僕は幸いにして、初日から目的を見つけたんだから。僕は、彼女とふたりで生きる!ってね。
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