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と、まあこんなところが僕の一番最初の記憶だ。何人かにはこの話をしたことがあるけれど、あんまり信じた奴はいない。口では「そんなこともあるかもね」なんて言う奴もいたけど、そいつらにしてもどこまで信じてるかは怪しいもんだ。たいていは「夢とごっちゃになってるんじゃない?」とか、「本で読んだ話を自分の記憶と取り違えてるんじゃい?」なんてことを言われるのがオチだった。でも僕にはどう思われようと関係なかった。重要なのは、僕がこの『生後十秒の出会い』を事実だと確信してるってことだよ。どんなにバカにされても、僕は微塵も揺るがなかった。僕は自分の一番真ん中のとこに、この核爆発よりも強い恋を抱えて成長していった。
だから僕の口から最初に出た言葉は、「まんま」でも、「ママ」「パパ」でもなく、「恋」だった。まさかのカ行からだよ。「‐ぉい」
「あ、何か言おうとしているよ」
「‐ぉい」
「おい?変な言葉から覚えてしまったな…」
「---こい!」
赤ちゃんの僕は、何かをつかもうとするように、手を伸ばしていた。
「来い…かな?この子の前で、そんな言葉を使ったかな…?」「こい!」
「大丈夫だよ、そんなに呼ばなくても、ちゃんとここにいるよ」
「こい!」
「ほら、もう来てますよ」
そのときの僕は、親を見てはいなかった。
「こい!」
「…恋……?」
あとで聞いた話じゃ、これが僕の2歳3ヶ月の頃のエピソードらしい。
乳幼児の僕はなかなかの神童で、他の子らがやっとハイハイをマスターした頃にはもう、自在に歩き回っていたらしい。きっと彼女に会いに行きたい気持ちが、僕を歩かせたんだろう。
僕の最初の言葉がなんだったのか、親は今一つ確信を持てなかったらしいけど、だんだんと僕が言葉を覚えていくにつれて、それもはっきりしていった。2歳の僕が『恋』の話をしていたんだって。
僕は歩くのも速かったけど、言葉の方もちょっとしたものだった。ただ「こい」「こい」言っていた僕は日々成長を重ね、あっという間に主語・述語をマスターした。
「僕は、コイ」
「鯉?」
「僕は、コイしてる」
「鯉、してる?」
「僕は、コイに落ちた」
「鯉に落ちた?…いや、恋に落ちた?」
僕が3歳になった頃には、親も僕の言わんとしていることを理解していた。自分のちっちゃな3歳児は、どこで覚えたのかわからないが、どうやら「恋に落ちている」らしい、と。
この辺は、後になって親から聞いた話。
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