5/5
前へ
/5ページ
次へ
まぁとにかく。歩けるようになった僕がやることといったら、もちろんひとつっきりしかない。あの娘を探しに行くんだ。三つになる頃には、僕は近所じゃ「脱走坊や」なんていうダサいニックネームで有名だった。 今でこそ親にも多少の感謝はあるけれど、三歳の僕には知ったこっちゃない。親の心配なんてなんのそので、僕は眼を盗んではすぐに家を飛び出していた。恋しいあの娘のところへ、僕はあてもないのに歩き回っていた。彼女がどこの誰かも知らないのに、根のない確信をもって歩いていた。 まぁなにせ三歳児の足だから、いつだってすぐに捕まっちゃうんだけど。それでも僕は全然めげなかった。会いたい、会いたい、その気持ちが僕をつき動かした。 行く手を阻む憎い敵(親)の隙を見て、僕は何度だって彼女を探しに家を出た。僕の親も四六時中僕を見張ってるわけにはいかない。食事はつくらないといけないし、トイレにだっていかないといけない。特に僕が眠っている間には油断した。僕は齢三つにして、見事な狸寝入りを身につけていた。 母さんが僕の背中をぽんぽん叩きながら、ララルーララルー歌いだしたらこれは絶好のチャンスだ。僕はさっさと眼をつむり、様子をうかがう。しばらくすると、母さんはどっかに消えて、僕は布団の上にひとりになる。時は来た、僕はうっすら目を開けて、部屋に誰もいないことを確かめると、そろそろ玄関へ向かう。だけどそこから出るようなヘマはしない。ドアの音ですぐに感づかれちゃうんだ。僕はマジックテープの小さな靴を手に、こっそり縁側へ向かう。 無事庭に出たら、あとは猛ダッシュだ。門の間を駆け抜けて、三歳の僕は町内を疾走する。 今会いに行くよ! だけど僕らの逢瀬はいつも叶わない。なにしろ脱走坊やの二つ名は、近隣住民に知れ渡っていた。その辺のおばさんにでも見つかったらもう即アウトだ。 「あらあらまたなの。いつも元気ねぇ」 なんてことを言われながら、僕は連行されてしまう。そして家に連れ戻されると、ひとしきり叱られた。 「いつもいつも、どこへ行こうっていうのよ」 「会いに行くんだ!」 僕はなんど捕まったって、一向にめげやしなかった。僕は逃げては捕まり逃げては捕まり、それを毎日のように繰り返していた。 だけどもうちょっと大きくなってくると、知恵がついてきた。これじゃあ埒が明かないぞ、って。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加