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まぁとにかく。歩けるようになった僕がやることといったら、もちろんひとつっきりしかない。あの娘を探しに行くんだ。三つになる頃には、僕は近所じゃ「脱走坊や」なんていうダサいニックネームで有名だった。
今でこそ親にも多少の感謝はあるけれど、三歳の僕には知ったこっちゃない。親の心配なんてなんのそので、僕は眼を盗んではすぐに家を飛び出していた。恋しいあの娘のところへ、僕はあてもないのに歩き回っていた。彼女がどこの誰かも知らないのに、根のない確信をもって歩いていた。
まぁなにせ三歳児の足だから、いつだってすぐに捕まっちゃうんだけど。それでも僕は全然めげなかった。会いたい、会いたい、その気持ちが僕をつき動かした。
行く手を阻む憎い敵(親)の隙を見て、僕は何度だって彼女を探しに家を出た。僕の親も四六時中僕を見張ってるわけにはいかない。食事はつくらないといけないし、トイレにだっていかないといけない。特に僕が眠っている間には油断した。僕は齢三つにして、見事な狸寝入りを身につけていた。
母さんが僕の背中をぽんぽん叩きながら、ララルーララルー歌いだしたらこれは絶好のチャンスだ。僕はさっさと眼をつむり、様子をうかがう。しばらくすると、母さんはどっかに消えて、僕は布団の上にひとりになる。時は来た、僕はうっすら目を開けて、部屋に誰もいないことを確かめると、そろそろ玄関へ向かう。だけどそこから出るようなヘマはしない。ドアの音ですぐに感づかれちゃうんだ。僕はマジックテープの小さな靴を手に、こっそり縁側へ向かう。
無事庭に出たら、あとは猛ダッシュだ。門の間を駆け抜けて、三歳の僕は町内を疾走する。
今会いに行くよ!
だけど僕らの逢瀬はいつも叶わない。なにしろ脱走坊やの二つ名は、近隣住民に知れ渡っていた。その辺のおばさんにでも見つかったらもう即アウトだ。
「あらあらまたなの。いつも元気ねぇ」
なんてことを言われながら、僕は連行されてしまう。そして家に連れ戻されると、ひとしきり叱られた。
「いつもいつも、どこへ行こうっていうのよ」
「会いに行くんだ!」
僕はなんど捕まったって、一向にめげやしなかった。僕は逃げては捕まり逃げては捕まり、それを毎日のように繰り返していた。
だけどもうちょっと大きくなってくると、知恵がついてきた。これじゃあ埒が明かないぞ、って。
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