In the Pot Ⅰ

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 ──はじまりはたった一発の銃弾だった。それが今の世まで尾を引く大戦の引き金になろうとは、誰が予想できただろうか。  皆、疲れていた。世界とて例外ではない。度重なる天変地異によって人は死に、街は破壊され、資源は枯渇していく。過去の執念は忘れ、国同士人同士、手を取り合っていくべきだと誰もが思った。  西暦2074年、第三次世界大戦の停戦協議を行っていたジュネーブ会談でその事件は起きた。会談のさなか、前触れもなく露国全権が射殺されたのだ。狙撃だった。犯人は未だ明らかにされていないが、当時の露国政府はすぐに米人に違いないと決めつけた。そう考えるのが自然だったから、ではない。そう考えれば国内に溜まった政治不信の声を米国への敵愾心に逸らすことができるからだ。もう真相などはどうでもよかった。  世界大戦は終戦に非ず。停戦協定は結ばれることはなかった。それどころか、露国は更なる戦火の呼び水となった。米国に対し、重ねて宣戦を布告したのだ。  後の歴史家はここを歴史のターニングポイントとする。ここで露国の暴走を国際機関が諫めていれば、あるいはこの荒廃した世界は生まれなかったのではないか、と。  しかし当時の国際機関はそうはしなかった。加速する世界情勢の激動を止めることは、もはや誰にもできなかったのだ。  露国は当時の同盟関係にあった中国と、その支配下にあった南アジア諸国を纏め、こともあろうに帝国を名乗った。宣戦の名目は「武力による紛争の解決を続ける米国を排し、戦争を根絶する」。  これに対し、米国はEUを口説き連合軍を結成。英国を盟主に立てて徹底抗戦の構えを取る。暗憺たる人々の心を代弁するような曇天に、ユニオンジャックが風を泳ぐ。  皆、疲れていた。世界とて例外ではない。だからこそ、人は銃を取らなくてはならなかった。硝煙の霧の中、露国の掲げた革命の旗の下に集った。  革命という言葉に酔っていた、と高いところから言うのは簡単だ。そうではない。人は寄る辺が欲しかったのだ。辛い現実から、革命の先の夢の未来へ、逃避行したかったのだ。  そんな戦争に実りなどあるはずがない。長い年月を経て、戦争は泥沼に肩まで浸かってしまった。もはや、勝者も敗者も、正義も悪もその意味さえも、この戦いにはなかった。  Evolution.Era.53  物語は幕を上げる。
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