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E.E.53,6/8
ひどいオイルの臭いだ。天国の油が臭いわけはないだろう。じゃあここはどこなんだ? ゆっくりと目を開く。きったねえベニヤ板を天井と呼ぶなら、一番最初に目に入ったのは低い天井だ。周りには錆のこびりついたドラム缶が幾つか突っ立っている。
……さすがに覚えがない。いくら俺の部屋がきたねえからってドラム缶までは散乱していなかったはずだ。
混乱する頭でとにかく外に出る。景色という点で言えば最悪な場所だった。少なくとも俺の知っているところではない。廃墟みたいにさびれたビルの日陰、破れた鉄線がそこらに垂れて雑草に埋もれている。さっきまで俺がいたのは、路地裏にそこら辺に落ちていたトタンと木材を組み上げただけってレベルの掘っ立て小屋以下の代物。灰色と茶色と時々赤色、これがここにある色の全てだった。今の疲弊した世界の縮図を見せられた気分だ。
「起きたか」
背後から声がした。振り向くと若い娘がいた。こんな場所じゃ望むのもおこがましいんだろうが、しかし色気のない格好だ。鉄工の着るような作業着にキャップ、それから軍手。顔は悪くはないが、ブロンドの髪をこれまた色気なく後ろで一つに纏めている。推定すると十九……二十歳はいってなさそうだ。オイルの臭いはこの女からもする。
「あんたは?」
「ありがたく思えよ、倒れてたお前をあたしがここまで担いできてやったんだから」
「倒れてた?」
「そ。しかし運が良いな。見つけたのがあたしじゃなかったら、お前見向きもされずに死んでたかもよ」
会話しているうちにだんだん思い出してきた。砂漠上空で交戦、あの赤竜にやられて撃墜された、のか。そして俺と共に墜ちたあいつは……。
「じゃあ……」
「ん?」
「相棒はどうした!?」
「アイボウ?」
「相棒だ相棒! 俺と一緒にいた黒龍!」
俺は女の肩を掴んで捲し立てた。意識せずとも力が入った。女の肩に指が沈んでいくのがわかる。後から考えると暴力と言える程度には痛かっただろうが、その時の俺は相棒のことしか頭になかった。
「ッ……離せ!」
彼女は怒気たっぷりの声で叫び、俺の手を振り払った。しばらく肩を撫でたあと、俺に背を向け、
「……あの竜なら、こっちにいるよ。……ちょっとヤバい状況だけどな」
歩き出した。俺は未だ鎮まらぬ心でその背を追う。
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