1色目・私のパレット

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言葉に詰まった私の顔を見て、冗談冗談とカラカラ笑う先生が私の隣にやってくる。 「まだ決まんない?」 「あ・・・はい─────」 「みゃーこだけだよ?スケッチどころか構想も出来てないの。」 「やっぱり、そうですよね。」 私の言葉を聞いた先生が、スーツのポケットからタバコを取り出して火を付ける。 すると、傍にあるロッカーを開けてしゃがみ込んだ先生が、中を漁りながら話し掛けてきた。 「・・・言っとくけど、職員会議抜け出してタバコを吸いに来たわけじゃないよ?・・・お、あったあった。」 目的の物を見つけたようで、立ち上がった先生が窓の縁にソレを置く。 細い缶の灰皿。 こっそり隠していたらしい。 「べつに、そんなこと聞いてませんよ?何か後ろめたい事でもあるんですか?」 「うっ・・・なんかイジワルだぞ?今日のみゃーこはぁ。」 墓穴を掘った事に気付いたのか、先生が拗ねたような口調で答える。 そんな先生の反応に、私は笑みを溢してしまう。 「それよりいいんですか?教室に灰皿なんて持ち込んで─────」 「いいのいいの、ここは私が管理責任者だからさ。私の城な訳よ、この美術室は─────」 と、先生が悪びれることなく笑みを浮かべる。 そう、私が居るこの教室は美術室。 そして、私は美術部に所属している一年生。 さっき先生が言った【みゃーこ】と言うのは私のあだ名だ。 私の名前は橘 美也子 タチバナミヤコである。 単純に美也子と言う音が伸びただけの、簡単なあだ名ではあったがそれ以外にも、いつもフラフラと気ままに過ごしていて猫っぽいからと言う理由もあるらしい。 「ずーっと考えててもさぁ、良いことないと先生は思うわけよ。しかも、土曜日の放課後に年頃の娘が独りこんなとこでさ。」 「なんですか、その言い方ぁ。」 軽い口調で私に告げる先生に、私は思わず苦笑いを浮かべる。 自由きままに見える先生だが、実は結構凄い人らしい。 美術教師でありながら、美術家としても活動しており。 島の公共施設にも、幾つか作品を寄贈していたりするそうだ。 それでも、そのラフな性格のお陰で、先生と言うより近所のお姉さんのような関係が生徒達との間で出来上がっている。
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