厄介な依頼

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1  メル海。それはエデニス最大の大陸であるエンブレス大陸の南北から伸びる両腕に抱かれた穏やかな内海。その玄関口であるミラク海峡に不審な動きがあった。  ノア王国の迎賓船リガレクス号は、同国の首都リヴァイアに向けて航行中、待ち伏せしていた謎の船団に遭遇する。 「手筈通りだ。やれ」  その言葉を皮切りにリガレクス号の悲劇は幕を開ける。  命じたのは黒衣に身を包んだ男。影と形容するに相応しいその風貌が、眩むような蒼穹の下で異彩を放っていた。  追う者と逃げる者とが交錯する舞台で唯一人、微動だにせず傍観を決め込む男の黒い瞳はどこか憂いを帯びているようにも見える。その頭部から腰までを覆う外套が海風に翻弄されるのを気にした風でもなく、たった一隻で現れたその標的の様子を窺っていた。  辺りを支配する断末魔の叫びや命乞いの言葉。やがてそれも終息に向かい始めた頃、リガレクス号の船内から一際返り血を浴びた男が現れる。 「旦那、目的の女を見つけやしたぜ」  開口一番、得意気に答えた男の傍らで膝を付かされたのは、真昼の黒衣に匹敵するほどの異彩。膝下までを覆う白い布製の外套は、遠目でも上質なものであることがわかる。フードの下で俯むく表情を窺い知ることはできないが、掴まれた手首を振り解こうとしている様から、少なくとも自分の意思でここまで来た訳ではないらしい。
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