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ここは朝見(あさみ)国を治める葛葉と夜見(よみ)国を治める浅川の争う戦の地。
俺は胸の下まで届く長い一振りの長刀を携え、漆黒の鎧を赤い雫で汚しながら俺は目の前に立ちはだかる『敵』を冷たく斬り捨てる。
独特の鉄のような臭いが辺りを漂い、金属のぶつかり合う高い音と鉄砲を撃つ音が絶え間無く聞こえる。
「くだらねぇ」
雑魚同士で戦っている両軍の兵たちを見て吐き捨て、無謀にも自分に向かってくる雑魚を斬り伏せながら視線を巡らせると赤い鎧を纏う浅川の武将によって河岸に追い詰められる少女を見付けた。
「なるほど、あれが歌姫か」
葛葉には人を奮い立たせ、闘わせる呪歌を唄い、葛葉の士気を上げて兵たちに戦わせる葛葉の歌姫がいると聞く。栗色の髪に赤銅色の瞳で肌は透き通るように白く、唇はみずみずしい薄紅色だという噂だったが、実際に見てみるとなるほど、確かに美しい。まだ距離はあるがここから見てもそう思える。
「葛葉を支える呪歌の姫ねぇ」
葛葉軍を支える美しき歌姫──理由はわからないが俺は何故か彼女に強く惹かれた。
刀の峯(みね)を下にして抜き身の刀を肩に担ぎ、武将と少女に近付く。
それに気付きこちらを振り向こうとするそいつに向かって
「邪魔だ」
と、言いながら鎧の隙間を刀で刺した。紅い血が飛び散り、刃が肉に刺さる鈍い感触が手に伝わる。
「貴様は──……」
そいつの足元に唾を吐き捨て、刀を引き抜く。
ドサッとそいつが倒れ、絶命する寸前に俺を睨み付けた。
「雑魚が」
冷たく吐き捨て屍に変わったそいつの腹を蹴り飛ばし、少女に視線を送った。
噂通りの栗色の髪と赤銅色の瞳。土や血で汚れた白と桃の歌衣を纏っているが、足元を見れば裸足だった。これでこの戦術を歩いて来たらしく、その小さな足は傷だらけだ。
「葛葉の歌姫はおまえか」
呪歌で人を奮い立たせ、多くの人間を死に向かわせた魔女とは思えぬほど清らかさを持つ彼女は汚れのない澄み切った赤銅色の瞳で俺を見上げた。
しかし、彼女は答えない。ただ、その真っ直ぐな瞳で俺を見つめるだけだ。
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