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言葉を返せず口を閉じる。
「わたしも、そう」
少女はそういうと俺の頬から手を離し、血に濡れた俺の左手をその手でそっと包み込んだ。
「葛葉の将、樫哉(かしや)さまは、呪歌の力がほしいだけ。呪歌の力を最大限にひきだせる歌い手は滅多にいない、から」
「なぜそんなことを俺に話す」
心の乱れを悟られぬよう、平静を装いながら冷たい声音で問い掛ける。
「いきていたくないから。"わたし"を必要としてくれるひとが誰ひとりいない世界でひとりで生きていくのが嫌だから」
「だから自分を殺せ、と?」
少女は無言で頷いた。
死を望むのか。こんなに若い娘が。
そのために安全な本陣を離れ、この戦場を一人で歩いていたのか。
「──そうか」
死を望む目の前の儚く清らかな少女の望みを叶えるために俺は刀を構えた。
彼女は胸の前で両手を組み、静かに目をつぶった。しかしそれは死に対する恐ろしさからではない。己が孤独から開放されるその瞬間と幸福を噛み締める為だ。その証拠に彼女の表情はとても穏やかで、一点の曇りさえもない。
俺は少女の腹に刀を突き付けようと腕を引く。が、しかし。
「……」
それ以上は出来なかった。体が動かなかったからだ。いや、動かないのではない。動けないのだ。
ふと、初めて出た戦場で敵兵にトドメをさそうとしたあの瞬間もこんな風に体が硬直したのを思い出す。
──ためらっているのか、この俺が。
たった一人の女の命を奪うことを。
俺は今まで容赦なく人を殺め、血を被り続けて来た。あまりの容赦のなさと冷酷さに"黒の死神"なんて通り名を付けられるくらいだ。この少女と同じくらいの子供の命を奪ったことも決して少なくはない。
──それなのに。
「……出来ねぇ」
刀を地面に突き刺し、体重をかけて俯く。
その呟きを聞き拾ったのか少女がゆっくりと目を開いた。
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