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針で刺されるような鋭い痛みが全身に走る。
身体の感覚が無いと錯覚してしまう程、身体が冷え切っているのだと気付くのにどれだけの時間を費やしたのだろう……。
ゆっくりと瞼を開ける。
目に映る光景は闇。
漆黒の空から降る雨はとても汚れているように見えた。
口を開けても呻き声すら出ない。
手を動かそうにも、指すら動かせない状態に陥っているのは……何故か、思い出せない。
何があったのか……。
ここはどこなのか……。
何故自分は死に瀕しているのか……。
思い出そうとしても『自分が目覚めた時』からの記憶しかない。
思い出せない……。
自分が一体何者なのか――。
名は? 家族は? 家は? 友人は?
何も思い出せない……。
空いた穴はとても大きい。
大切な何かを奪われた喪失感。
己の身体の臓器全てが取り除かれたように、今まさに生きているのかさえ分からない。
本当は死んでいて、霊となった自分が、ただ空を見上げているだけなのかもしれない。
何も、ない。
全てを諦め、もう一度目を閉じようとした、その時だ。
名が無い――その女性は言った。
雨の音とは別に、地面を擦る音が耳に入った。
僅かに呻き声も聞こえていた。
ゆっくりと、首を横に曲げる。
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