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外の世界に興味を持ち出したのは、一体いつからなのだろう……。
海が見たい、と彼女は言う。
緩やかな風に身を任すように、軽く両腕を広げて空を見上げる。
彼女の長い髪がなびいている後姿を見ると、それはまるで、一枚の絵のように見えた。
太陽の光を全身で受け止めているその姿は、翼を広げた鳥がこの無限に広がる大空へと羽ばたこうとしているようだ。
燦々と降り注ぐ光を浴びる彼女の後姿を、俺は数歩後から見つめていた。
「海だって?」
この質問に、彼女はどう答えるだろう。
「この星の約七割の面積が水で出来ている……それが海。ただのおとぎ話を本気で信じているのかい?」
少し馬鹿にしたような言い方に、案の定、まるで歌を奏でているような口調と共に、理屈の言葉を並べた返答が返ってくる。
「雨が降る現象って分かる? 太陽の熱で暖められた大量の水が蒸発する事により水蒸気が出来きて雲が発生するの。その水蒸気が空気で冷やされる事により水に変わる。あれだけ広範囲の大地を雨の水で浸すのよ? それを可能にするには、やっぱり海の存在が必要って事じゃない」
「君の妄想には付いていけないよ」
やれやれ、と首を振る。
視界を彼女の姿より横へ移動させて、遥か奥にそびえ立つ、全長五〇〇メートルの壁を見据えた。
そもそも、閉鎖されたこの国に入口も出口もないのに、あの巨大な鋼鉄の壁をどうやって抜けるというのか。
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