無知の知というけれど

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古めかしい建物だなと思った。 でも風呂とトイレが別々の割には家賃も安いし、何より大学が自転車で行ける距離にあるので文句は言えない。 4月3日。 今日からぼくの新たな生活が幕を開ける。 『山中荘』。 それがぼくの下宿するねぐらの名前だ。 何のひねりや工夫もない木造アパートである。 「えっと」 肩にかけるボストンバッグの中からメモを取り出す。 そこには『201号室 浮世橋 飴子(うきよばし・あめこ) 大家』と書かれていた。 メモの内容を確認してから敷地の中に入る。 喫煙所が設けられているのか灰皿が端の方にさびしそうに立っていた。このアパートでの喫煙者の扱いが見て取れる。 大家さんの部屋は201号室――すなわち二階にあるので建物の外側に設置されている鉄製の階段を昇る。一段一段昇るたびにきしむ音が恐怖心をあおいでくれた。 山中荘は二階建てで、各階三部屋設けられている。まず初めに見えた扉には203の札がかかっていたので、大家さんの部屋は一番奥ということになる。 203、202号室と過ぎ、201号室の扉をノックした。 「はいはーい」 間延びした声とともに扉が開かれる。 「あ! あなたが舞浜 創(まいはま・はじめ)くんですか?」 小学生ほどの小柄な体型。真っ黒なショートヘアにエプロン姿の女の子だった。 大家さんの子供かなと適当に見当をつけ、「そうだよ」とうなずいてみせる。 「大家さんはいるかな?」 「いますよ!」 無邪気な笑顔で応える女の子。 「呼んできてもらっていい?」 「ここにいます!」 女の子は元気よく自分を指差した。 「わたしが大家の浮世橋 飴子ですっ」 「……へっ?」 「わたしが大家の浮世橋 飴子ですっ」 「…………」 「どうしましたっ?」 女の子の破天荒な自己紹介に思わず面食らってしまう。 そんなぼくの表情をくみ取ったのか、女の子はぷうと頬を膨らませた。 「あ~もしかして信じてませんねっ!」 女の子は一度部屋の奥に戻り、何かを持ってきてぼくに見せつけた。 それは免許証だった。 どうやら本物のようで、女の子の顔写真や名前がきちんと記載されている。
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