犬の話

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馬鹿だなぁ。 お前、ふらふらじゃないか。 息も絶え絶えだし。 泣くなよ。 いや、やっぱり泣いてもいいから、走るなよ。 こんな僕を助けるために――― 気づくと、空中に放り出されていた。 どしゃっ と、泥に突っ込んだ音。 あ、転んだ。 犬はまともな着地もできずに、地面に叩きつけられた。息ができなくなって、心臓が……全身が唸った。 でも犬は、自分のソレより、子供の心配をしていた。 馬鹿だなぁ。 綺麗なかっぱが泥だらけじゃないか。 手も擦りむいているし、もう顔がくしゃくしゃじゃんかよ。 ………おい。 こんな時でも僕に手を伸ばすのか? 子供は抱き上げてくれた。走ろうとしたが、立ち上がれずに座り込んだ。 ………いいよ。 もういい。 もう止めてくれ。 僕は最期に人間の温かみを知った。 お前はそれを教えてくれた。 それだけで僕は満足だ。 それだけで僕は救われた。 人間を怨んだまま死なずにすんだ。 できれば、お前と一緒に………雨上がりの空の下でも、散歩したかった。 雨が上がりかけた空の下を―――黄色い子供が―――腕に犬を抱いて―――走っている ああ お前、本当に馬鹿だな。 笑っちゃうや。 最期に犬にあった感情は、怨みではない。 あったのは、小さな子供が教えてくれた、人間の温もりと、優しさと、温かみだった。 犬の話は、おしまい。
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