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空腹など忘れてしまっていた。
そのまま部屋へ戻り、ベッドに座る。
手が携帯に伸びていた。
呼び出しは涼花の好きな曲だった。
『もしもし?』
「あ、あの……」
夜中だ。
香織の声を聞いた瞬間に、かけたことを悔やんでいた。
『涼花ちゃん?』
「あ、はい」
『ケーキありがとう。また一緒に食べましょうね?』
「はい……」
長い沈黙になった。
電話の向こうでクラシック音楽が流れていた。
授業でいつか聞いた優しいメロディーだった。
しばらくするとクライマックスを迎えたらしく、躍動感に溢れたオーケストラを、簡単に思い描くことができた。
「……あたし、どうしたらいいのかな…」
『うん。……とりあえず今夜はもう眠りなさいな。明日、店においで』
「え?」
『もういっぱい考えたでしょう?』
「……うん」
『ラズベリーケーキを食べながら、明日お茶しましょうね』
いい?
そう尋ねた声には、大人の念押しはなかった。
まるで友人の都合を尋ねるように、香織は自分の返事を待っている。
「二時でも大丈夫ですか」
『もちろん。かえって助かるわ。ちょうど営業時間が終わるころだし、待ってるわ』
果たしてこの電話が緊急かどうかなど、考えもせずにかけてしまった。
『おやすみなさい』
「あ、はい。おやすみなさい」
翌朝。
いつもの日曜の朝だった。
無言の自分。
ママと涼花の距離を縮めようと、家族で出掛けることを提案するパパ。
買いたい服があるとねだる妹。
ちらちらと娘の顔色を伺うママ。
「ごめん、約束があるから」
いつものように、そそくさと立ち上がる。
パパもママも諫めることはない。
昨夜のやりとりで、何か言われるかもしれない。そう思っていた。
諫めることがない朝に、普段よりもがっかりしていた。
妹の甘えた声が耳障りだった。
《サイアク》
一番に自分が嫌だった。
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