池畠涼花の件

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駅前に新しく開店した洋菓子店のラズベリーケーキは、深みのある甘さと爽やかな酸味で舌を魅了していた。 女の子が好む味だ。 「償いかぁ」 ミルクティーを掻き混ぜながら、呟いたのは香織だった。 「なんの為に?」 おかしなことを言う。 罪を犯したら償う。 当たり前の話。 「由美子ちゃんの命を断ったのがあたしなら、償うのは当たり前だと思うから」 「だからなんで?」 質問の意図がどこなのかまるでわからない。 「あのね、前世はもう過ぎた過去でしょう?由美子ちゃんの命を奪ったのは涼花ちゃんの人生ではないの」 「でも!……あたしがしたことなら、あたし…」 「償いって、何の為に?」 「……なにって…」 「償いに起こってしまった事件を変える力はないわ。それに生まれ変わって覚えているの?」 「それは…そうだけど」 終始変わらない優しい口調に、涼花は苛立ちを覚えた。 裕子の人生を生きたのはあたし。 「じゃあずっと罪の意識に居なくちゃならないの?」 「涼花ちゃんが償いたいと思う限り、悩まされるでしょうね」 ラズベリーの鮮やかな朱く艶やかなゼリーに視線が落ちた。 「前世占いは指針として欲しいの。いまの涼花ちゃんは指針というよりも、振り回されてる感じだわ」 「……そんなこと言われても」 力なく答えて下唇を噛んだ。 「衝撃的な前世を夢で観てしまうと誰でもそうなるから仕方ないの。だからそんなに落ち込まないで」 「……ムリ…です」 どうしてそんな事が言えるのだろう。 結局は他人だからだろうか。 理解してもらえない。 この人も他の大人たちと変わらない。 がっかりとした気持ちを持て余して、涼花は俯いていた。 「償いって言葉は綺麗だし、確かに大切なことだと思うわ。でもね、相手に許してほしいって償うのは、自分勝手だと思うの」 香織は続けた。 「相手が許してくれなくても、気持ちを理解してくれなくても、償うことが償いだと思うわ」 「……え?」
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