池畠涼花の件

25/25
前へ
/39ページ
次へ
「……よく、わからないんだけど?」 雪菜は慎重に言葉を選んで出した質問だった。 「仮に、だよ?前世無しが前提で、うまくいかない親子関係って涼花んちだけ?」 「…………うちだけじゃない…ねぇ」 「だよね?」 屋上の張り巡らされたフェンスに寄り掛かり、雪菜は編目を握っている涼花の表情に注意を向けていた。 「まぁねぇ…、ショック。だよねぇ」 ぷかりと浮かぶ雲をみつめながら呟く。 涼花は追い詰められて、子細を打ち明けていた。 冷たい反応を覚悟していただけに、答えてもらえるとは予想していなかった。 ふたりは無言になっていた。 緩やかな風なのか、羊のようなもこもことした雲は、眺めている間は見上げた位置からあまり動いていない。 「涼花パパの言うとおりかもね」 「え?」 「……大人にならなくちゃ、わからないことって結構あるんじゃない?」 「……………ん」 仮に。 雪菜の言うように前世を知らなかったとして。 自分とママの関係はどうなっただろう。 ずっと険悪な関係のままやがて大人になり、ひとり暮らしを始めて、ママのことを思わない日々を送る。 容易に想像がついた。 「涼花ママとの関係を修復するのに、いい機会なんじゃない?」 「……どうしたらいいのか全然わかんない」 泣きたい気持ちになった。 「普通にさ、おはようとか。聞かれたことは一応なんか言うとかさ。そんなに難しいことじゃないよ」 「そうかなぁ」 「そうだよ」 前世を知ったから、ママとの関係を修復する機会に恵まれた。 そう考えると、香織が指針としなさいと話していたことが、すんなりと納得できる気がした。 「なんとなくわかったような気がする」 「なに?」 「『魂の絆』とか学びの途中とか」 「そう?」 「うん」 すっきりした表情に自然と笑みが浮かんでいた。 「先輩はね、遣り遂げた達成感に慢心しない学びだって」 「なにそれ?」 「わかんない」 鈴が鳴るような笑い声をあげて、涼花はフェンスから手を離した。 雪菜が見上げていた雲は変わらずにそこに在った。 普通に、会話ができるようになったその先の未来。 想像もできないけれど、きっとママとの関係も険悪からはマシになっているだろう。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加