池畠涼花の件

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大人になれば、本当にわかるのだろうか。 涼花には、うまく説明できない言い訳に聞こえてしまう。 パパだけじゃない。 学校の先生や、お偉い大人たちがそう言うのを、何度も聞いた。 「あー!もぅ!」 激しく頭を振って、それ以上考えるのをやめた。 あんまり深く考えることに慣れていない。 パパの手は暖かかった。 それで十分。 『直感で動くでしょう?』 昼間に香織が投げ掛けた質問がよぎり、どきんと心臓の鼓動が一打だけ響いた。 微かに聞こえてくるのは、キッチンの大型冷蔵庫の音だ。 窓の外からは赤ん坊の泣き声に似た、猫の唸りが響いてくる。 通りからは奥にある涼花の家に、車の排気音が届くことはなかった。 午前中に太陽の光を仰いだらしい布団は、いつもより心地よかった。 お風呂からあがってすぐに潜り込むと、体の芯から疲れが溶けて、涼花は間も無く、ぐっすりと寝息をたてはじめた。 おかしな感覚だった。 いま、寝ているのか。 それとも、起きているのだろうか。 階下の冷蔵庫、猫の声。 たまに吹く風に、庭にある椿の葉がこすれているのも判る。 でも、この寝息は自分のものだ。 夢かうつつか…。 なにかで読んだ本に、そんな一節があった。 ぼんやりと朦朧とした意識の中で思い出していた。 きっとこの状態を表現したのだろう。 漠然と理解していた。 しばらくして意識が遠退いていくのを感じて、涼花は逆らうことなく、その感覚に全てを委ねた。 『おまえのせいだ』 冷たい語彙に身が竦む。 静かに呟くように漏れでた言葉は、自分の唇から発せられていた。 すくんだその一瞬。 目蓋が見開いたのを感じ、息を飲んだ。 「あーーっ!あーーっ!」 絶叫をあげていた。 あたし、何してんの?! 涼花の目に飛び込んだ映像に、恐怖を感じた。 自分の二の腕が、渾身の力をこめて幼い女の子の首を締めている。 押し倒したうえに馬乗りになって。 『………ご………ごめ………な……さ………………』 女の子の鬱血した目を凝視したまま『いまさら?』と、嘲たような笑みを含んだゆっくりとした声色は、涼花のそれよりも大人びていた。
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