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――どこまでも続く様にも思える、澄み切った青い空。
その中を風に任せて気ままに漂う白い雲。
そして青々と広がる、草花の生えた平原。
その中をそよそよと静かな風が流れ、花が笑う。
楽園とはこのような場所のことなのだろう。
時が時なら、彼等にもそうであったはずだ。
のどかな雰囲気を破り、必死に走る三人の人影がある。
ある者は涙で顔を歪めながら、
ある者は状況がわからず、走る意味を考えながら、
ある者は思い詰めた様な顔をうかべながら、草原を走っていた。
彼等は今、追われているのだ。
彼等のうち二人はまだ幼い少年少女で、少女の方は物心の付きはじめと思われる。
少年達は母親とおぼしき女に手を引かれながら逃げていた。
彼等を追い掛けるのは、二メートルを超える大きな体躯で、二本足で歩く牙の生えた食人鬼……オーガだ。
オーガが七匹で群れを成し、彼等を追っていた。
群れの一部のオーガの口元には、既に血が付いている。
いずれの血も乾いておらず、何か動物を食べたばかりなのは確かだ。
次の標的はこの三人。
彼等は必死に逃げるが、子供を連れた状態では充分な速さでは走れない。
徐々にオーガとの距離は縮まっていき、追いつかれるのも時間の問題だ。
今更の事ではあるが、隠れるような場所も無い。
それを悟った女は子供達の手を放し、言いはなった。
「逃げなさいっ!」
そう言った後に少年達が逃げる時間を稼ぐべく、女は立ち止まりオーガに向かい合った。
足は恐怖のために小刻みに震え、唇は食い縛った歯によって傷付き出血している。
それでも、女の目は確かな意思をもってオーガの方へと向いていた。
少年は突然女が立ち止まった事に戸惑っていた。
言われた事の意味を理解しながらも、動こうとしない。
自分達を導く者がいなくなる事を理解しているのだ。
少年は拠り所がなくなる不安と、少女を任された事による責任、迫り来る死の恐怖。
それらの要素に心が押し潰されて、身動きがとれなくなっていた。
「逃げなさいって言ってるの!」
逃げる気配を感じられず、女が再び叫ぶ。
少年は首を横に振ろうとしたが、視界の端にオーガの群れが入り、その口元の血が網膜にこびりつく。
刹那、生への執着と死への恐怖が他の恐怖を凌駕し、少年は泣きじゃくりながらも無垢な少女の手を引き再び走り始めた。
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