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しかしそこには誰も居ない。大声の響きが音叉のように尾を引くだけだった。
「…………勘ぐり過ぎか? というか、威嚇しても立ち止まってたら意味な」
喋っている途中で、視界が回る勢いで吹っ飛んで揺れる。勢いに反して小さく堅い音も聞こえたが、希一の耳には何だか遠く聞こえた。
一体何が起きたのか。訳の分からないまま、希一の意識は落ちた。
* * *
真っ暗で上も下も無いような状態。四方八方から聞こえる囁き声。しかし意識だけははっきりしている。意識ははっきりしているが体が追い付かないので、目を閉じてると解っていてもなかなか開けられない。
「……あら、気が付いた?」
石畳を歩くのに似た硬質な音が近付いてくる。だが、そこにはあの軋みと綿が仕込まれているような鈍さが混ざっている。確かにここは旧校舎。
「そんなに頭ぐらぐらさせちゃって。取れそうよ?」
すぐ目の前、フェロモンなんていう類の匂いも届くほどの近さで、吐息と一緒に漏れる嘲笑が聞こえた。
おかげで希一の体が意識に追い付く。
「あ……」
「無理しちゃダメよ? 木材で思い切り殴ったから、頭の中大変なことになってるかもしれないんだし」
「だ、れ……?」
頭をもたげ目を開ける。すると、すぐ目の前には見知らぬ顔が微笑んでいた。
「あら、私のこと知らないの?」
「……」
残念そうな顔で希一の傍から離れる長い黒髪の女性。
「……しってる」
「……知ってる?」
「知ってる。思い出しました……私服姿を見るのは初めてだったから、すぐには分かりませんでしたよ。楼鳴館三年生で東雲白馬さんの元クラスメイト。大和撫子と称するに相応しい日本美人な容姿、そして学業においても全国区でトップクラス。才色兼備で学校中の人間から注目されている…………尾木晶子さんで、間違い有りませんよね?」
「ふふ、長々と説明台詞ありがとう。その通りよ、八目希一くん」
自分の名前を当ててもらえた尾木晶子(おぎしょうこ)は、嬉しそうに笑顔で可愛らしく振り向く。
「そんなあなたが、何故こんなところに……?」
「分かってるくせに。それともそういう意地悪なことするのが趣味なのかしら?」
「マジメに答えてください」
「あんまり熱くなったらいけないわ。脳内出血起こすかもしれないじゃない」
その言葉には応えず、希一は晶子を睨み付ける。
しばらく互いに黙っていたが、やがて晶子が溜め息を吐いて話し始めた。
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