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「引っ越してきた時…っていったら…確かお前のご両親と…桜歌の父親が……」
そこで秀弥は言葉を止める。
それを引き継ぐように僕は言葉を繋いだ。
「飛行機事故で亡くなったのが理由。…ちょうど事故から一ヶ月たったころだよ。」
…あそこで…――あの思い出がいっぱい詰まった家で―…暮らすことは彼女たちにとって、…―もちろん僕にとっても―…あまりにも辛すぎた。幸せすぎた日々を思い出すから。…―思い出があまりにも優しすぎて。耐えられなかったんだ、誰よりも恵美さんが。
「―…恵美さん、普段は怖ぇくらい強く見えるけど…、そういうところの弱さは桜歌にそっくりだよな。」
「ああ…。まぁ、義母さんも桜歌も天然なところもそっくりだけどね。」
しんみりとした空気を流すように茶化して笑ってみせれば、その笑みは苦笑となり、秀弥もつられたように苦笑していた。
「つぅか、お前ら越してきた時のことは、俺すげぇ覚えてるぞ。」
「だろうね。僕もよく覚えてるよ。…桜歌は覚えてるかどうか怪しいけどね。」
「いや…普通は覚えてるだろ。俺らが会ったのは8歳のときだぞ?桜歌だって7歳……」
「でもあの娘だよ?」
僕の言葉に秀弥は考えるように一旦言葉を区切り、そして深い溜め息をついた。
「……いや…、あんまし覚えてねぇかもな。…桜歌だし…。」
「うん、桜歌だからね。記憶力もあまりよくないでしょ。なんとなく覚えてるくらいじゃない?きっとどんな会話したかとか…。もしかしたら何歳の時に会ったかさえも覚えてないかもよ。」
互いに視線を合わせてから、なんとなくそれぞれに空を仰ぐように見上げた。
深い溜め息をひとつ、もちろん秀弥の溜め息も重なって聞こえた。
先ほどとは違う意味で気まずい空気を変えようと桜歌の方を向く。
「……桜…」
彼女の名前を呼ぼうとして彼女の横顔を視界に捉えた瞬間、途中で声を失った。
ざぁ―…と風が一際強く吹き、桜の花弁が辺り一面を桃色に染める。その中心で、彼女は癖っ毛の髪をなびかせながら優しく儚い…あまりにも彼女らしからぬ笑みを浮かべて微笑んでいた。
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