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「――…だからね、これは“サクラ幸福論”なんだよ。」
『―…だから“サクラ幸福論”なのよ。』
目をひらく、桜の花弁はまた次々と儚く舞い上がり散ってゆく。その桜を見上げながら母のその言葉を最後に、記憶に浸ることを止めた。
「ふぅん…それで“桜の祈り”か…。」
ちょうど桜歌の話を全て聞き終わったのだろう秀弥が納得したらしく頷いている。
けれど先程その話を聞きおわった時の一瞬、彼の瞳がどこか悲しげに揺れて動揺していたように見えたのは――…僕の気のせいなのだろうか。
「そうだよ―。ね、素敵でしょ―?」
にこにこと嬉しげに笑う桜歌のその笑顔にもう先程のような儚さはなくいつもの彼女の笑顔だったことに少しだけ安堵した。
「――…素敵、ねぇ?」
秀弥は、ふぅんと呟くと肩をすくめて軽い溜め息をついてみせた。その拍子にチラリと僕に意味ありげに視線をよこしてきたが僕はその意味を解らずにいた。
「――…なにさ?」
「………別に…?」
問いかけてみるもスルリと視線をそらして秀弥はまた無表情に戻るのだった。ただなぜか、彼の手は強く握りしめられていた。
「シュウちゃんはそう思わないの?…ひおちゃんは解ってくれるよね?」
「え?」
「無駄だぞ。桜歌。緋桜も俺と同じだ。」
「シュウちゃんには聞いてない――。」
「んだと、てめぇ…」
「ねぇ―、ひおちゃん―素敵だと思うよね?」
片眉をピクリと引き上げ、口端をひくつかせて睨む秀弥を無視し桜歌がねだるように僕を下から見上げて尋ねる。
「―――…あぁ――…、そうだね。」
何も考えずに僕は笑って頷いて見せる。そうすれば彼女は必ず嬉しそうに笑ってくれるから。
「ほんとっ!?やったぁ―っ!ねっ、素敵だよね―!」
僕の言葉に桜歌ははしゃいで喜ぶ。秀弥がチッと舌打ちをし忌々しそうに眉をよせてこちらを睨む。その目が僕に“馬鹿だろ”と言っていたがとりあえずスルーしておく。
「――…素敵だと思うよ。」
「ありがとう!ひおちゃん!大好き!」
そう、その笑みが見れれば僕はそれでいいんだ。
君が幸せならそれでいい。そのためなら僕はなんだってするだろう。
“桜幸福論”の桜のように。
ただ彼女の幸せを祈って儚く散る、僕はその花弁でいい。
『――――…だからね、桜の花弁は桜の木の幸せを祈って儚く散るのよ。それが“桜幸福論”。』
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