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私を降ろすと、赤い電車はなめらかな加速を見せて黄緑色の田の間を去っていく。
背の低い山の谷間みたいな長方形の土地の真ん中を、ぶち抜くように線路が走っているのだ。
「さて……。ここはどこかな?」
この駅は、無人になったばかりらしく、古びた小さな駅舎には自動改札がない。
そのかわり、その柱に『おつ』という札が付いていた。
「オツってどこだよ……」
他に駅名を示すものはなく、漢字さえ判らない。
ネットで時刻表を調べようと思ったのに、これでは使えない。
イライラ。こういう時、何かを蹴飛ばしたくなる。が、実際にやる度胸はない。ますますイライラする。
周りを見渡すと、よく手入れされているものの、完璧に水田だらけで、緑の気配ばかりが濃い。
あって、農作業用の小屋がちらほら、くらいか。
手がかりはなさそうだ。
そこへ、ふうわりとした風が吹いた。
ふいに力が抜けた。
そういえば、この辺りは春のにおいが濃い気がする。
私は急に、反対側のホームでいつ来るとも知れない電車を生真面目に待つのに嫌になった。
「サボったろうかしら」
口に出したら、逆に決意が固まった。
バックを肩にかけ直し、改札をくぐる。
日陰になっている駅舎は、ひんやりして、少し湿っぽい。
「すいませんね、タダで通っちゃって」
板が打ち付けられた窓口にあやまってみる。
実際のところ、そこまで気が咎めているわけではないが、平気な顔で通るのは厚かましい女みたいで嫌だった。
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